再見「ロングランエッセイ」の+と-

35:「 昔の住みか 」  住宅雑誌リプラン50号(2000年10月1日)より一部転載

建築事務所を始めてから、もう二十二年にもなるが、いつも古い民家を事務所にしてきた。持ち主が「もう使えんだろう」と思っているような家を見つけて、「確かに、放って置くよりも貸したほうが得だ」と思わせて、安く借りてきたからでもある。しかし、ただ、安いという理由だけではなく、個人的な好みから来ているのである。真新しくて、明る過ぎるような事務所を借りる気など、もともとなかったのである。
「建築の現場事務所に貸している古い家がある」と教えられ、そこを強引に借りることができたので、薪ストーブを入れ、窓を入れ、水洗トイレにしたりと手を入れてみたら、古い家が、すっかり息を吹き返してしまい、新しいものには生み出せない、味わい深い雰囲気を持った事務所になった。
引っ越してから、二、三年した頃に、初老の御婦人と中年の女性の二人連れが尋ねてきて、突然「この家は、私たちが住んでいたんですよ」という。煉瓦工場をやっていた御主人が、昭和二十二年に建てた家だという。昔、住んでいた家が、元気そうなので、思わず寄ってみたのだという。『当時の婦人雑誌に載ったの。大事に使ってください。』といって帰られた。今年で、優に五十年を超えたが、大丈夫。冬の朝は、暖まるのに時間がかかり、除雪も大変だが、造ったときに骨格をしっかり建てたことが、今を支えている。

+:この時に借りた三角屋根の付いた煉瓦造の家を未だに事務所として使っている。二十数年の間に一度だけ、大量の資料と図面を処分して、スッキリさせたが、次第にパソコンやスタッフの構成やらで、作業スペースを広げてしまった。今冬は、大寒波や大雪で、暖房や電気代が、むやみに上がった。けれども、この使い慣れた古い煉瓦造の事務所から、離れようとは思わなかった。冬は、雪も積もるし、窓はふさがるし、朝は、結構寒いし、夜には、凍結を防ぐための水落としをしなければいけないし、夏は、西陽の当たる壁は、じわじわと暑さを放出してくるけれども、この家には、離れ難い、強い愛着心が育っている。根を張っている気がする。
これまで、ずーと四十年も「長く住むうちに、その家の味わいになじみ、必ず愛着心が生まれるように」と設計していたことにようやく気が付いた。