再見「ロングランエッセイ」の+と-

14:「  有島武郎邸  」  住宅雑誌リプラン29号(平成7年7月1日)より一部転載

札幌<芸術の森>の雑木林のなか、赤く塗られた板壁に白い窓のはまっているのが、文豪・有島武郎の家である。
たたずまいはロマンチックだ。温室のようにふんだんに硝子を使った居間なども、当時めずらしかったものであったろうし、造りもしっかり骨太に出来上がっていて安心感のある家になっている。しかしせっかく作ったこの家に有島は、たった一年しか住めなかった。
この家に引っ越した年に、年子の三人の息子の末っ子が生まれて喜んだのもつかの間、翌年子供たちの母親、武郎の妻が肺結核で入院することになる。妻の療養生活のために一家で東京に戻るが、その甲斐もなく、3年の療養生活の末、幼い息子たちを残して妻は亡くなる。
この頃の暮らしを題材に描かれた、『ちいさきものたちへ』のなかには、入院のころからの描写があり当時の札幌の様子も伺える。新しい家については、良いとも悪いともかかれていないが、生まれたばかりの子供たちとの暮らしを想像すると、ただのものとしてしか見えなかったものに心を感じるようになり、この家の見え方、味わい方も変わってくる。
住まいのなかでの出来事が、住まいと心を通わせるのであり、出来事があって初めて血の通った住まいの表情を持ち、使いこなさえれた住まいほど、魅力的になるはずである。

:芸術の森美術館の駐車場近くの有島武郎邸は、赤い壁と白い窓枠が美しく、108年前に建てられたとは思えないほど、よく管理されている。有島武郎が想いを込めて創った住宅だが、1年ほどしか住めずに東京に移ってしまう。40年程してから、北大に寄贈され、学生の寮として使われるが、その後芸術の森美術館が管理して35年になる。どちらかというと有島武郎の住んだというより、考えた住まいといっても良い。
これとは別に建築として面白いのは、ニセコに45年前に建てられた有島記念館があり、著名なニセコの牧場開放と民主営農や画家木田金次郎との関係なども紹介している。これは建築家飯田勝幸が、有島武郎の人となりを強く想起しながら設計したもので、小規模であるが、細い壁が連続して立ち上がった特徴的な形をしている、建築細部に目の届いた佳品である。建築界でも有名な村野藤吾賞にノミネートされ、受賞するまではいかなかったが、高く評価されたものであるから、有島武郎邸を見た人には、ニセコの有島記念館にも足を運んで欲しいと思う。